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書きなぐり

アドラー心理学のこと

僕がアドラー心理学を知ったのは、数年前の夏だった。 当時、SIerで働いていたがメンタルを病みドクターストップがかかって休職、数ヶ月間は主夫業をしていた。

嫌われる勇気が話題になった頃で、安定剤とゲームと一日14時間睡眠でだいぶ回復してきた時期にあった僕はその本を読んで衝撃を受けた。 自分でも薄々感じていた性格の影の部分にばっちり光をあてられて、読みながら「認めざるをえない…ツラい…」とも思ったのだが、幸いにも受け入れられるだけの余裕はあったので、これがきっかけで逆に元気になり、スパッと退職して今に至ったりする。

現在、周りにはいろんな宗教を信じる人が居る。特にプロテスタントのクリスチャンの人が多いのだが、聖書の教えを色々聞いているとアドラー心理学と通ずるものがあるなと感じることが多くなった。 例えば聖書の教えの「隣人愛」はアドラー心理学でいう「共同感覚体」と同じだし、キリスト教の信仰が「神様と自分」の関係にフォーカスするのに対して、アドラー心理学は「他人の人生を生きるな」と言う。これもそうだ。

ただ、そこに神様という存在がいないという点が違うのだが、そこが非常に大きいと思う。 僕は神様のことはよくわからないが、クリスチャンや他の宗教を信じている人たちが心穏やかに感じているものと、きっと同じものをアドラー心理学が教えてくれたと思っている。

アドラー心理学自体すごく宗教的な話だと思うのだが、前提として神様を必要としないからこそ、特定の宗教を信じない日本人でも受け入れられやすいのだろうなと思ったら腑に落ちたのだ。それだけ。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

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